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お気楽金融雇われ人の見聞録

常務のクビが飛んだ理由

本社社員を監視委調査、社長が再発防止に全力表明
日本経済新聞社の杉田亮毅社長は24日午前、東京・大手町の日経本社で記者会見し、東京本社広告局員のインサイダー取引疑惑について「読者、広告主、多くの関係者の信頼を損ない、多大なご迷惑をおかけし深くおわび申し上げたい」と陳謝したうえ、再発防止に全力を挙げる考えを示した。
同時に蔭山孝志常務取締役(広告担当)の辞任のほか、川堀泰史東京・広告局長と冨田賢東京・広告局金融広告部長の解任を発表した。 杉田社長は編集局に加え、広告、販売各局の株取引規制を強化する方針を表明した。編集局は以前から株式の短期売買を内規で禁止し、株取引全般についても原則、行わないよう指導している。(NIKKEI NET 2006年2月24日)

先週末に発覚した日経新聞広告局員のインサイダー取引疑惑、わずか数ヶ月で数千万円の利益を上げたそうですが、えらく素人くさい手口です。報道されている通り短期間に複数の企業で同じ手口で取引をしていれば、そりゃすぐ見つかるでしょう。事件を起こした担当者は、おそらく広告局に配属になったばかりであったということが伺われ、そんな初歩的な社員教育日経新聞社内では行われていなかったんだなぁという点で驚きのニュースでした。

もう一つ驚いたのは、広告担当の常務のクビが飛んだこと。確かにインサイダー取引は重大な経済犯罪ですから、広告局の責任者である担当役員が責任を取って当たり前という考え方もあるかもしれませんが、それにしてもちょっと大げさかなぁという気がします。

今回、コトがこれだけ大げさになってしまったのは日経新聞の切実な事情、「決算公告(法定広告)ビジネスモデル」の崩壊とでも状況があるからだと思います。

現在の商法では、決算公告などの法定公告を官報か「時事に関する事項を掲載する日刊新聞紙」によって行うことを求めています。決算期になると日経新聞にたくさんの会社の決算公告が載るのは、この商法の規定によるものです。日刊新聞紙に載せるだけであれば、不祥事を起こした日経ではなく、読売でも朝日でも掲載紙を代えればいいと思いがちですが、現行の商法はもう一つ面倒な規定を設けています。

それは、会社を設立する場合は定める定款の内容に関する規定です。商法では定款に「会社が公告を為す方法」盛り込むように規定しており(166条)、会社はそれぞれ「官報に公告する」とか「○○新聞に公告する」などと定めています。それで結構な数の会社が公告を日経新聞で行うことにしているわけです。今回のような不祥事を受けて公告先を変えようと思っても、定款の変更には株主総会の決議が必要ですから、企業にしてみれば、わざわざ株主総会通してまで公告先を変えるインセンティブがありません。

日経新聞の決算公告ビジネスは、商法の規定に二重に守られた「おいしい」ビジネスだったわけです。

これに風穴を開けたのが新しく制定された会社法です。

会社法では、「公告の方法」が定款の法定記載事項から外されましたし(27条)、公告の方法も官報と日刊新聞紙に加え電子公告が同等の公告方法として認められました(939条)。従って、企業は定款から公告の方法を削ってしまえば、あとは官報に載せるのか、(日経)新聞に載せるのか、電子公告するのか自由に決められることになります。会社法がこの5月に施行されるとすれば、3月決算をとる多くの企業にとって今回の決算公告は日経新聞を使わざるを得ないとしても、6月の株主総会で定款を変更しようとする企業は結構出てくることが予想できます。

そう考えると、今回のインサイダー取引疑惑は日経新聞にしてみれば大変なことだということがわかります。ただでさえ会社法の制定で存立基盤が怪しくなってきている「決算公告ビジネス」が息の根を止められてしまう可能性があるわけですから。日経新聞が、役員のクビを飛ばし、調査委員会まで設けて再発防止に取り組む姿勢を見せているというように、えらく迅速で大げさとも思える対応を取ったのは、コンプライアンス面だけでなく、ビジネス面での切実な事情があるということなんですね。