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お気楽金融雇われ人の見聞録

現状の義務教育費国庫負担金制度を維持する意義は無い

中教審が今後の義務教育の答申の素案「新しい時代の義務教育を創造する」を公表しました。この中で義務教育費国庫負担金制度についても触れられており、これまで報道で伝わってきたとおり、国庫負担金制度は堅持する方向が明確にされました。三位一体改革を進めたい内閣の基本方針と異なる内容の答申が出ることになりそうですが、審議会は審議会としての考えを答申するのがあるべき姿ですから、意見が異なることは問題ではないでしょう。

問題は審議会の答申内容が合理的であるかどうかという点になりますが、結論を先取りすれば、「現状の国庫負担金制度を維持する意義は無い」ということになります。

なぜかといえば、前のエントリー「義務教育費国庫負担金制度を維持して守りたいものって何だ?」でも触れたとおり、国庫負担金制度が教員配置の「格差」の解消に役立っていないこと、それどころか本来想定してた格差とは「逆の格差」を発生させていると考えられるからです。

義務教育費国庫負担金制度のそもそもの目的は、答申素案にも以下のように明記されている通り、義務教育に関する経費の大半を占める教職員人件費の確保です。もっと言えば、財政力の弱い地方自治体が必要な教職員を確保できないという事態が発生することを防ぐことが目的と言って良いでしょう。

義務教育の経費の大半を占める教職員の確保と適正配置のため、昭和15年に義務教育費国庫負担法が成立しており、国と地方の共同により教職員給与費を負担している(終戦後の昭和25-27年度にシャウプ勧告により一時的に廃止されたが、全国知事会からの要請もあり昭和28年度に復活)。これにより、教職員給与費として都道府県が実際に支出した額の二分の一を国が負担することを通じて、教職員人件費の総額確保が果たされている。
また、負担金の交付に当たって、地方の裁量を拡大する仕組み(総額裁量制)も導入されている。(新しい時代の義務教育を創造する p.8)

これに対して、現状の教員配置状況がどうなっているかというと、「今後の学級編制および教職員配置について(PDF)」に記載の通り、公立小学校の都道府県別1学級あたり児童数の平均26.2人に対し、平均を大きく上回るのが埼玉県・東京都・神奈川県・静岡県・愛知県・大阪府、平均を大きく下回るのが高知県島根県鳥取県となっています。教員1人あたりの児童数も同じ傾向です。

税収額が大きく財政力が強いと考えられる大都市圏が相対的な教員不足に陥っており、過疎に悩む地域が相対的に潤沢な教員配置を実現できているのはどういうわけでしょう?

ポイントは、平成16年度から導入された「総額裁量制」にありそうです。総額裁量制とは「義務教育費国庫負担金の総額の範囲内で、給与額や教職員配置に関する地方の裁量を大幅に拡大する仕組み(総額裁量制の概要文部科学省])」です。具体的には、「給与単価×教職員定数×50%」で決まる国庫支出金の範囲内で、各都道府県が自由に教職員の数と給与水準を決められるというものです。

文部科学省の資料では、「給与水準の引き下げにより生じた財源で教職員数を増やすことが可能になった」と書いてありますが、実際にはすぐ下に書いてある通り、「加配定数による少人数学級の実施が可能(国庫負担の対象)」であり、「教職員の給料・諸手当を都道府県が主体的に決定」できるようになっており、「実支出額の原則1/2の国庫負担」が受けられるわけですから、極論すると都道府県は理論上は青天井に教職員数を増やすことも可能です。

従って、先に挙げた1学級あたりの児童数の大きな偏りは、少人数学級に対する都道府県の取り組み姿勢の違いもあるのでしょうが、より本質的には義務教育費国庫負担金制度そのもの、特に総額裁量制に起因すると結論できます。

高知県島根県鳥取県が制度を悪用しているなどという気はありませんが、中教審高知県で実施したパネルディスカッションにおける「国庫負担制度がなくなった場合、県独自で少人数化ができるのか不安。教育を最優先課題にしている首長が多いから心配ないと言われても、一般財源化されたものが全て教育に回ってくるのか不安。四国はどの県も財政的に厳しく、国庫負担制度は大きな意味を持っている。教育の機会均等ということから、国の責務として制度を堅持してほしい。」というコメント(参照)を見ると、少子化が問題となっているこの時代にプレハブ校舎で児童数の急増をしのぐ小学校を目の当たりにしている大都市圏サラリーマンとしては、正直「おいおい」と思います。「教育の機会均等を奪われているのは、大都市圏のこどもたちだろ」と。

こうして見ると、現状の国庫負担金制度は機会均等を実現するどころか、格差を拡大する方向に機能しているわけで、少なくとも私は現状の国庫負担金制度を維持する意義を感じません。国庫負担金「制度」を維持するのであれば、制度の趣旨に沿って運用すべきですし、それができないのであれば三位一体改革の基本方針に則り地方への税源委譲で対応すべきだと思います。